ジェンダー、考古学からの視点 その2

3. ヒトと類人猿との違い

「要約」

<keyword>
類人猿、歩行、配偶システム、育児、性淘汰

ジェンダーセックスの違いは、ジェンダーが社会的・文化的な性差、セックスは生得的な性差である。
セックスの違いがジェンダーを大きく規定しているものの、しかしその差異は「人種」と同様に社会的に作られてきたものである。
現代的なジェンダーの問題は、セックス性差の生来的な差異を社会的なあらゆる場面に当てはめ、歪みが生じているのにもかかわらず見直されないという点にある。
一般的に現生人類一夫一妻の家族形態をとる。近縁種の類人猿とヒトの配偶者システムとはどのように違い、ヒトの社会形態が生物学的にどのように最適化しようとしてきたのか見てみたい。

a. 類人猿とヒトの相違

オランウータンゴリラチンパンジーヒト
分岐年代1400万年前1000万年前700万年前
活動域樹上棲地上棲樹上棲(半地上)地上棲
食性果樹果樹草食果樹雑食雑食肉食
歩行ナックルウオークナックルウオークナックルウオーク直立二足歩行
雌雄体格比2.01.71.21.4
配偶者システム乱婚複婚乱婚単婚(乱婚あり)
性成熟期7〜8年7〜8年5〜7年12〜14年
離乳期7年4年5年1.5年
親離れ雌雄共オスメス不定
類人猿とヒトの相違
霊長類とヒトの骨盤の違い

現生人類が他の類人猿から区別される最大の特徴は直立二足歩行にある。
社会システムの違いもおそらく直立二足歩行に由来していると考えられる。
立ち上がることにより、身体的に骨盤の変化が生じ、産道が狭まり難産という不適応の問題が生じた。母子とも生死に関わるその問題を生理的早産という方法で解決してきた。
早産による人類の社会的な変化は、乱婚、複婚から単婚化へ変化を見せている。

b. ヒトと類人猿の身体的差異

ヒトと類人猿の身体的特徴が顕著に顕れているのは四肢である。

霊長類の足と手 出典 大片忠明

移動方法の違いが四肢に顕れている。類人猿の移動は樹上のため上腕が長く、下肢は木登りに適応して、手足でも木につかまることができている。特にオランウータンは顕著で、腕の長さが体長の2倍ほどもある。

ヒトは両腕を広げた長さが身長とほぼ同じで、身体尺にも利用された。一尋(ひろ)は約1.5mである。漁師は綱の長さを測る際に尋が使われている。

ヒトは二足歩行になることで足が歩行に適応し、土踏まずの発達で長距離歩行も可能になっている。手は器用にモノをつかむように変化している。

類人猿、ヒトとも木登りは幹、枝を掌で掴む。それは爪が鈎爪(clam)から平爪(nail)に変化したことによる。他の動物は木登りは鈎爪を引っ掛けて登る方法である。コアラ、ナマケモノも樹上棲であるものの、ナマケモノは長くなった鉤爪を枝に引っ掛けて移動するように適応している。

類人猿とヒトは平爪になることで、器用にモノを掴めるように適応してきた。

犬歯はヒトではほぼ退化しているものの、類人猿では犬歯は食物を食いちぎるのに適し、時には武器、威嚇の道具として使われる。ヒトは威嚇表情で犬歯を剥き出しにすることはない。類人猿の犬歯を使った威嚇は仲間内に向けられることがほとんどで、ヒトの犬歯の退化は仲間内の諍いが減ったことを示唆している。

威嚇行動として、ゴリラではドラミング、チンパンジーは木の枝を引きずり、振り回すことで誇示する。ヒトの場合には枝、棒を振り上げ、礫を投げる方向に変化している。

種内の雌雄の体格差による比率の違いにより、雌雄間の社会構造が違ってくる。
類人猿ではオランウータンのオス/メスの体格比はほぼ1.8、ゴリラは2.0、チンパンジーは1.2、猿人は2.0、原人1.2、現生人類は1.4となっている。雌雄の体格の性差は配偶者システムに大いに関わってくる。

c. 歩行の違い

草食動物は生まれるとすぐに立ち上がるのは、敵から身を守るためで、幼くても立ち上がり親についていけるように進化したのであろう。
ゴリラを除き、類人猿は樹上棲のため、地上にいる捕食動物に捕獲される危険性は少なく、母親にしがみついて落ちないようにするように進化してきた。霊長類は基本的に樹上棲で食餌の際には半地上性となる。捕食者に襲われそうになると樹上に逃げるという方法で身を守ってきた。ゴリラは身体を大きくすることで、身を守ってきた。

霊長類の歩行 ※フリー素材より転載

ゴリラは日常的に地上棲で夜のみ樹上に巣を作って眠る。チンパンジーも地上に降り立つものの、ゴリラと同様歩行はナックルウオークでヒトのように直立二足歩行をするわけではない。ヒトは猿人の段階を経て、本格的な二足歩行を原人の段階で獲得した。

ヒトの段階的歩行の獲得 ※出典 アスリートの動きを科学する

原人の段階になると樹上棲に戻ることなく、地上棲が恒常的になったのであろう。
直立二足歩行を獲得したヒトの新生児には、草食動物と同様の歩行反射が認められるものの、体重、筋肉の未発達なため、その後すぐに立ち上がって歩くわけではない。脳の成長に伴い生後2~3ヶ月頃にはこの動きは消えてしまい、ずり這い(匍匐前進)、ハイハイを経てつかまり立ち、本格的な二足歩行を始める。

d. ヒトと類人猿の配偶システムの相違点

類人猿の配偶システム(mating system)はオランウータンは単独生活で繁殖期のみ雌雄の接近、ゴリラは単オスと複メスのハーレムを形成し、チンパンジーは混成で乱婚、ヒトは混成で乱婚から単婚である。
ヒトの場合には類人猿とは違い、ゴリラ的、チンパンジー的な様相と独自の単婚の複雑な様相を見せている。一夫一妻(monogamy)と一夫多妻(plolygamy)共に社会の状況により様々な形態を見せている。また一妻多夫の例もあるもののこれはほとんど認められない。
どうして単婚システムの方向になったのかは、判然としていないものの、単なる体格比によるものか、他の要素で選択されているかである。
単婚か乱婚、複婚かは子育て支援雌雄による協同かによって適応戦略が違ってくる。

類人猿の子育ては基本的にメス単独で行う。

鳥類の例をみると大部分が単婚つがいで子育てするケースが多い。例外的に家禽のニワトリは一夫多妻で子育てはメスのみで行われる。
単婚の鳥類は雌雄体格差はほとんど認められず、家禽は体格差が認められる。
極めて珍しい托卵という子育てを他の種に任せ、育児放棄に特化したのがカッコウホトトギスである。これは例外中の例外である。
家畜も一夫多妻のケースが多く認められる。一夫多妻と人為的な去勢によるオスの排除で一夫多妻が成り立っているケースである。

生物学的に配偶システムが子育てが長期間で労力がかかる場合には一夫一妻形態をとるものが多い。そうでないものは複婚形態となる。類人猿の仲間ではヒトのみが一夫一妻形態をとる。ヒトの子育て期間が長いためと考えられる。

ヒトの単婚化は人類の進化過程でチンパンジー的な乱婚形態から徐々に単婚化が生存に有利なために変化した可能性がある。

その理由はメスによる性淘汰が行われた結果だと考えられる。

ヒトの進化の方向が直立二足歩行を選択することで、メスは狭い産道を早産で適応してきた。それは徐々にであったと考えられ、猿人の段階から原人の間で歩行形態に違いが顕れ、生理的早産でなければ母子ともに生き残れないために、オスの協力を得るという性淘汰である。

ヒトは単婚でオスメスで子育てを行う生存戦略を選択した。

しかし例外的なケースが生じたのは農耕社会になってである。富の偏在によるオスのメスの囲い込みで一夫多妻になるケースが生じた。その場合には子育てはメス単独となる。社会的な状況によって変わってくるのがヒトの特徴である。

子育てが長期間で労力がかかり、一夫一妻形態をベースとしているものの、社会システム的に複雑な様相を呈している。日本の古代律令期においては隷属民の租税は家族で把握されるものの、個別の人頭税である。家族形態を一夫一妻として掌握している。それは婚姻制として生物学的な形態から社会制度として規定され、規範として一夫一妻を押し付けている。しかし支配層はこの社会規範の埒外にあった。

例えば特権階級では一夫多妻になることがあり、江戸幕府では大奥制度が設けられ、将軍オスは正室、側室を設け、徳川家斉は53人もの子供をもうけている。将軍家の世継ぎの問題で複婚形態をとり、周りをメスのみで固めた。

中国王朝でも支配者層は複婚が一般的で、その際には宦官(かんがん)を重用した。男の奴隷に去勢を施し、使えさせた。その後、宦官の地位の変化で、一般官吏でも出世のために、去勢で3割もの人間が命を落とす危険性があるにも関わらず、自ら去勢を行っている。切り落とした性器を死後棺に納めないと、繁殖能力のない一代雑種のラバに輪廻してまうと恐れられた。中国王朝では家畜と同様にオスの繁殖能力を奪い去勢が行われたが、日本では他のオスの排除という形をとり、ゴリラと同じ配偶者システムとなっている。ゴリラはその巨大な体力でボスの位置を維持したが、ヒトのオスはひ弱にもかかわらず世襲制というシステムにあぐらをかき、巨大な権力を保持した。

オスの場合には播種本能で婚外子を設けることがある。メスの場合にもまた違った適応戦略があり、配偶者以外の婚外子が一定数いることが指摘されている。

鳥類のメスの適応戦略として、数少ない繁殖期を一夫一妻で生じる繁殖の失敗を避けるため、他のオスとの交尾が認められる。水鳥のオシドリはつがいがいつも一緒にいるところから夫婦仲の良い例にあげられるものの、実際はオスの付きまといでメスの婚外交尾を阻止するための行動である。

ヒトのメスは戦略として、乱婚が子孫を残しやすいものの、子育ての長期化でオスまたは群れの協力を必要としており、乱婚を内在しながらも単婚の方向に舵を切った。

e. 性淘汰

生物学的に進化はダーウィンにより既に性淘汰が唱えられてきた。性的な生存に有利な選択をsexual selection と呼ばれオスメスにもみられる。

孔雀の例が顕著である。メスの嗜好にオスは選択的進化をしてきた。オスがメスを選択しているかのような錯覚はヒト社会ではあるものの、それは富の偏在以降の話である。先史的な社会ではメスに選択権があった。その理由は簡単でメスは子孫を残せる機会は少なく、オスは播種能力を遺憾なく発揮するにはメスに気に入られるしかない。
ヒトの場合、性淘汰がどのように働いてきたのか、明確な答えは用意されていないものの、メスの長期に亘る子育てに協力的なオスに淘汰された可能性が強い。

ゴリラ社会のハーレムでは、ゴリラは力強く、優しさも兼ね備え、外敵から群れを守るオスがボスとして君臨した。メスにとって安心できるオスが取捨選択され、オスは群れの発情期にあるどのメスとの交尾を独占できた。

ではヒトの場合にはどのように性選択が働いたのか。類人猿の場合には発情の兆候が明確に顕れ、交尾をめぐるオスの争いは熾烈を極める。しかし、ヒトの場合には、発情期の兆候は明確に見られず、特定の繁殖期も持たないため、オス同士の無駄な諍いを沈静化させる方向にある。オスメスの心理的な性淘汰へと向かった。

孔雀のオスは尾羽を生存に有利でもないのにもかかわらず、きらびやかに飾ったのは、メスの好みで繁殖に有利な適応戦略であった。ヒトのオスは、メスによる安定した「つがい」という形態で播種本能をコントロールし、育児への参加を促された。オスは捕食者からメスを守り、同種のオスからの暴力から保護する役割を担った。単婚により無駄な諍いを避け、互いに意思疎通を言語でとるようにコミュニティーが発達していった。そのために群れの仲間同士では協働を促し、狩猟、外敵からの防御がオス同士の協働で行われることになった。オスはメスを巡る諍いから互いのペアリングを認める方向に舵を切った。

ヒトが他の類人猿と違う点は言語による意思疎通と伝達であった。例えば石器作りにおいて、言葉を交えて伝達する方法と単に身振りで伝達するのでは、格段の差が出ることが実験考古学で実証されている。

脳の進化 出典 脳神経科学研究センター

直立二足歩行と同時に脳の発達、言語の使用は飛躍的にヒトをヒトらしく発達させた。類人猿でも肉食はわずかにチンパンジーに認められるが、おそらく肉食は最も効率の良いエネルギー源だったと考えられる。しかし動物性タンパク質が簡単に手に入るわけではなく、旧石器時代のオスたちが大型獣の狩りをしている想像図が描かれているが、もっとしょぼいものであったであろう。ヒトの初期段階では狩猟よりも腐肉漁りが主だったのではないかとの説も見られる。それはオスに限った可能性である。

人間の脳は発達はそのエネルギーの20%あまりも必要とした。脳の進化の栄養源はメスによってまかなわれた。脳のエネルギー源は肉ではなく、ブドウ糖である。ブドウ糖はデンプンに多く含まれ、デンプン質の食料はほとんどがメスの手によって採集されていた。

魚介、両生類、爬虫類の動物性蛋白質とナッツ類、根菜類が主たる食糧源で、そうした食糧の獲得はメスに頼っていた。縄文時代でも貝の採集はメスが行い、巨大な貝塚が形成された。また縄文時代中期から土掘具が多量に出土することから、根菜類の採集はメスの手で行われたのであろう。こうした主たる生存に必要な食物の獲得は、メスに依存していた。今でいうところのベーシックインカム(基礎収入)はメスが保証していた。

狩猟採集(hunter-gatherer)→園芸hoticulture)→農耕(agriculture)と段階的変化してきた。狩猟採集から農耕に一飛びに変化するのではなく、間にhoticultureが介在する。hoticultureは園芸と訳されるものの、半栽培、粗放栽培、セミ・ドメスティックの段階である。一般的ではないが、農耕が穀類の栽培を主たる生業とするが、hoticultureは簡単な農具で根菜類の管理栽培の段階のことを指す。日本では縄文時代後期から晩期の稲作が行われる以前の管理栽培の段階が考えられる。縄文中期、晩期には土掘具打製石斧が多数出土する。特別に石鍬と呼ばれることもある。長い人類史の中で、当然植物の種子が発芽することを発見したメスは、簡単な栽培を試みたであろう。その知識の蓄積が次なる初期農耕を受容することができた。メスが開発したhoticultureからagricultureに変換する際にはオスの参加が必須であった。

残念ながら、なぜヒトは脳が大きくなったのかは未だに根本的な要因は解明されていない。ヒトの特徴は言語で脳の発達とともに獲得されたものであろう。言語野の発達は生き残りに有利に働き、共同体の意思疎通、伝達、知恵の継承と蓄積に役立っている。私たちの脳は言語により、思考している。頭の中で思考を反芻するかのように巡らせ、より良い思考は共同体の共有財産となる。また相手に対し、言語により行動を促す。

メスの性選択基準は、ゴリラのように単に巨大化をオスに求めるのではなく、強さ以外のいろいろな要素が性選択に働いた。今日の日本社会ではメスの選択基準は高収入、高身長、高学歴とされているが、社会の状況により求めるものが違っていたであろう。

オスが求める性選択は、ビーナス像土偶からするとメスの豊満さにあったかもしれない。メスの下半身の保護のために着くメス特有のガノイド脂肪に魅力を感じ、そして妊婦していない腰のくびれは若さの象徴であり、乳房は繁殖のための表れだと本能にインプットされた性選択が働いていたのかもしれない。

しかしヒトの個体差、多様さを見ると、一概に特定の性選択の方向性があるわけではなく、あらゆる多様な選択肢が存在していた。個体差による多岐な能力差が性選択の要素になっていた。それは単婚というシステムの中で、雌雄共単一の性選択では選択肢が限定されるため、例えば現代社会の高収入、高身長、高学歴のオスは数に限りがあり、また魅力的なメスにも数に限りがあるため、心理的な面が性選択に働いた。オスメスの関係も言語を通して、意思疎通が図られ、互いに理解する方向に発達した。心理的なつながりがオスメス間でもっとも優先された。

ヒトの雌雄の繋がりは「ペアボンド」と呼ばれる紐帯で結び付けられた。ペアボンドは夫婦間の絆といえるもので、最初からペアボンドが成り立つわけではなく、ヒトは若いオスメスの時期に、乱婚的な関係性から学習するマッチングシステムを経て、定まったペアとなっていく。そしてペアの維持にはペアボンドが働いた。

先史時代には雌雄の関係はペアボンドは、1万年前を境にして変化を見せる。農耕社会となり、長い狩猟採集社会に別れを告げ、人類は一見すると大きく飛躍を成し遂げたかのように見える。それまでサルと大した違いのない生活を送っていたものの富の偏在が生じた。富の偏在をきっかけに、メスの性の自立を奪うものであった。財貨を持たない大部分のメスは隷属するセックスとして、有史には性の商品化としての価値しか持たなくなった。

近世にはさらに顕著となり、嫁というシステムの確立で、イエの付属品としてしか認められなくなった。例えば石女(うまずめ)、畜生腹、行かず後家と繁殖の属性の一面で低い立場に立たされた。ひどい場合には性奴隷として生きるしか存在価値は認められなくなった。今も見られる多産DVは経済的に弱い立場の女性が、貶められる。育児のために経済的に自立できない女性がさらに多産という悪循環には陥れられた。本来、独立した自由であるべき性は一段低い性として通念し、固定化された。

今の性淘汰、配偶者システムは錯覚で作り上げられたモノに過ぎない。先に取り上げたメスの腰のくびれは西洋ではウエスト/ヒップ比が0.7が魅力的だとされる。そのためメスはコルセットでぎゅうぎゅう腰を締め上げた。家父長制の元で、メスは従順でコントロールしやすい方が良いと通念が形成され、もう若くない薹(とう)が立ったメスは避けられた。適齢期という脅迫概念がメスに植え付けられた。若ければ若いほどよいという病膏肓に入ればロリータ‐コンプレックスとなる。その延長線上にあるのが日本の音楽ジャリタレ、ロリコンアニメも成れの果てである。

f. ヒトの育児と子の親離れ

ヒトのメスの生存期間 繁殖期を過ぎたメスの生存が長いことに注目

離乳時期を見てみると、オランウータンが7年、ゴリラ4年、チンパージー5年、ヒト1.5年である。

繁殖期の周期もヒトは他の類人猿とは相違する。類人猿のメスの性成熟は7年から8年で、ヒトは10年以上かかる。発情期もヒトだけ特定の繁殖期はなく他の類人猿とは異なっている。

ヒトの離乳期は短いものの、その後の子の自立は極めて遅く10年以上は要する。
その間に下の子が生まれ、さらに養育の期間は長くなる。当然メスだけでは困難でオス、群れの手助けが必要となる。そして共同体の出現の要因と考えられる。

ゴリラは仔オスが成長すると群れから追い出し、チンパンジーは成長したメスが群れから離れる。
ヒトの場合には複雑な様相を見せている。オスが出るのか、メスが出るのか、または雌雄とも親離れするのかは定まっていない。

ヒトの場合、子育ては単独ではなく、なんらかの支援者を必要とした。オスの役割は子育ての支援、外敵から守るという役割が想定される。

マリタ遺跡
2万4千年前 シベリア マリタ遺跡

注目すべき点は、ヒトは繁殖期を終えたメスの生存期間が他の類人猿と比べ極めて長い。

子育てに祖母の協力もあったと考えられる。メスは狩猟採集民では出産前後でも食料獲得は続けられており、共同体の協力が欠かせない。その支援者として祖母の役割は大きかったと考えられる。江戸時代の寒村を舞台にした映画「楢山節考」のような姥捨はおそらくなかったであろう。食い扶持に困り、お婆も山に捨て、娘も売り飛ばすというのはヒト社会では新しいと考えられる。

出産は命がけで、おそらく手助けが必要だったと考えられ、その役割を祖母が担っていたのではないか。新しい時代の嫁入り婚では、出産に際し、里帰りは祖母の助けを借り、赤子の取り上げは産婆が行った。文献上、産婆は平安時代にはいたことが分かっており、当然助産は古い昔から存在していた。ヒトの通年繁殖行為は多産という生物学的に特徴が付与された。多産は逆にメスにとっては負担となった。歴史時代になると家父長制の元、世継ぎの問題で不妊のメスは「石女」と「産む機械」としか見なされなかった。逆に多産は「畜生腹」と忌み嫌われた。下層階級の民百姓は多産には間引きを行った。江戸時代の間引きの役割は産婆であった。嬰児殺し、子殺しが普通に行われた。

他の動物でも子殺しは起きている。それらはオスの群れの乗っ取りの際に行われる。有名なのはライオン社会では新たなボスは嬰児殺しを行う。メスライオンは我が子を守ろとするものの、自分自身が危なくなりあきらめざるを得なくなる。ツバメの場合には、渡りに遅れたオスはペアを得ることができず、巣の乗っ取りを企む。雛を巣から落とす行動が見られる。子を殺すことで繁殖をリセットさせる。類人猿でも当然子殺しが起きている。

縄文時代土偶 文化遺産オンラインより

ヒトの社会、特に先史時代はどうであったのか。嬰児の死亡率は高かったと考えられる。縄文時代の遺跡で竪穴住居跡の入口部に甕が埋められている事例があり、民俗例から後産の「胞衣」(えな)、死産の子供を埋めたのではないかとされている。メスが出入りで埋め甕を跨ぐことで再生を祈った。おそらく、女性は新たな生命を生み出すものとして崇拝された可能性が強い。2万4千年前のシベリアのマリタ遺跡ではマンモスでの牙で作られたビーナスが作られ、日本の縄文時代には女性像の妊娠を形取った土偶が多数出土する。それらの事象を勘案すると後期旧石器時代、狩猟採取段階では決して男尊女卑的なものではなかったはずである。しかし農耕社会の弥生時代になると女性崇拝の土偶は作られなくなってしまった。女性の立場、立ち位置は農耕社会で転換期を迎えるようである。

子殺しが起きるのは繁殖期間の短い動物に普通に見られる。しかし、ヒトのメスは子殺しが起きないように単婚による通年の繁殖とペアバンドで防いできた。本来的にヒトの社会では子殺しはあり得なかったと考えるべきである。しかし社会システムの変化で、育児放棄、子殺しが頻発するようになった。

それはメスの隷属化、商品化の現象である。生産手段を持たないメスは自らその渦中に身を投げ出し、商品化を図っていく。そしてそれを消費していくのが現代社会である。

g. 小結

最後にもう一人の類人猿を紹介しておこう。

ボノボは以前はピグミーチンパンジーと呼ばれていた。ボノボはアフリカのコンゴ川流域の西側部分のみに生息している。90万年前にチンパンジーと分岐し、チンパンジーに似るもののチンパンジーとは違った生態を持つ。

ボノボはヒト科チンパンジー属ボノボに生物学上分類されている。チンパンジーとは別種とされているものの、亜種と捉えた方が良いのでは。チンパンジーとボノボの関係は現生人類とネアンデルター人と関係と同じものだと考えられている。

ボノボの社会はメスを中心として成り立ち、平和的であること、他の群れと遭遇しても諍いは起こさない、食物分配の利他行動、二足歩行が見られるなどの特徴がある。

メスは「ニセ発情期」で、いつも発情しているように見せ、多くのオスと交尾を行う。なにか諍いが起こりそうになるとそれを避けるためにメスオス間に限らず、メス同士、オス同士でも擬似交尾を行う。それは仲間とのコミニューケーションツールとしての擬似交尾である。そしてオス同士の諍いを沈静化している。交尾の際はマウンティングが動物一般のスタイルだが、ボノボはヒトと同じように相対して交尾が行うことがある。ヒトとボノボだけにしか認められない行為である。発展形態である交尾の形態は雌雄間のコミニューケーションとして、ボノボにその萌芽が認められることは興味深い。ボノボの生態は、ホモサピエンスがチンパンジーと分岐した700万年前の猿人の姿を彷彿とさせる。

この章のまとめ

類人猿はオランウータンを除き、群れを作る。乱婚、複婚である。ヒトは基本単婚である。

交尾をめぐりオスの闘争がある。ヒトは発情期の隠蔽、恒常的な繁殖でオスの闘争を制御してきた。

しかし、農耕社会になり、権力闘争がオス間で再び起こり始めた。今の所コントロールはできていない。

類人猿は母系社会である。

旧石器時代のように遊動の時代には、少人数のバンドでの行動が考えられるため、一概に母系、父系、双系かは断定できない。平安時代のように妻問婚の場合には母から娘へと富は引き継がれることもあるので、母系社会のケースもあり複雑である。

ヒトの社会は父系社会か母系社会か双系社会かは社会の状況で変化する。狩猟採集社会では母系社会、農耕社会では父系社会、婚姻制の成立、資産の世襲とともに、圧倒的に父系が選択されている。

縄文時代のような定住社会では縄文土器の分布からして、地域ごとに異なる型式の土器が情報システムにより近似したり、キメラと言われる他の地域の土器と地元の土器の文様がドッキングしたものが出土することがある。土器作りの担い手は女の可能性が考えられるため、今でいう嫁入り婚が想定される。一方で黒曜石、サヌカイトのような石器石材が広く流通することから、石器製作の担い手である男の婿入のケースも排除できない。

父系社会になり、父方居住になると、メスへの支配、暴力が頻発する。子殺し、姥捨が始まる。

ヒトの社会は現代のコンピューターのオペレーション・システムに例えると、何回の変化があった。オペレーション・システムを動かすのはソフトである。ヒトは幾つかのアイテムを付加しながら現在に至っている。二足歩行、脳の発達、言語がもっとも大きな基本システムと考えられる。

余談

ヒトの滅亡後の社会を描いた映画「猿の惑星」の主人公は猿になっている。『猿の惑星』の原題はPlanet of the Apesで、ApeMonkeyとは区別される。ヒトにもっとも近いヒト達がApeで類人猿と訳され、日本猿のような場合にはMonkeyを使う。『猿の惑星』(Planet of the Apes)の邦題は間違いで、本来は「類人猿の惑星」と訳されるべきだった。ヒトが滅んだ後の世界はボノボに変わるのだろうか。しかしそれはこれから500万年はかかるのかな。

憎悪発言としてPlanet of the Apesが使われることがある。アメリカの女優がアフリカ系アメリカ人に対してApeの言葉を投げかけた。その女優は即主役を降ろされ、社会的制裁を受けたのは最近の話である。

この文章には私見が多く含まれています。通説とは違う見解を述べている部分が多くありますので、ご注意願います。

次は古代社会のジェンダーについてを取り上げる予定、あくまで予定です。

2021.8.1

(続く)

ボノボ特集 Special story of bonobos


猿の惑星 1968年

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