青の欠片 2

二 食料泥棒 

<親に捨てられた子供達は廃墟の中で自分たちの力で生きてきた。文明が一度崩壊し、縄文時代、弥生時代のような先祖帰りした社会の中で子供達は自分たちで学び困難に立ち向かった。 考古学を題材にした子供達のサバイバル物語>

 リク達はイノブタの肉を薫製、塩漬けにして保存食を作った。貯蔵小屋に運び、天井にぶら下げた。食料が少しずつ増えて行くのは嬉しかった。それでもまだまだ不安だった。飢えの恐怖が心に刷り込まれていた。少しでも多くの食料を蓄えたかった。
 皆、赤ん坊のことは口にしなかった。気をまぎらわすように、自分の仕事に打ち込んだ。
 ヨモギはうり坊を赤ん坊をあやすように抱え上げ、あふれ出る母乳を与えた。うり坊はすっかりヨモギになつき、後についてまわった。リク、カニ達が近づくと、ヨモギの後ろに隠れ、威嚇した。ヨモギは弱々しく笑いながら、うり坊をあやした。まるで自分の子供のように。
 ゴリはヨモギに近づくと苛立ちそうに、ヨモギからうり坊を奪い取った。うり坊は激しくあばれた。うり坊を激しく揺さぶり、大人しくさせようとした。大人しくなるどころか、甲高いなき声を上げ、おびえていた。見かねたヨモギがゴリの手からうり坊を取り上げた。
「ブタなんかを可愛がるな!」ヨモギを怒鳴った。
 ヨモギは答えもせず、うり坊を放してやった。

 ゴリは皆に命令するだけで、猟に行くこともめっきり減った。いつもヨモギの傍でイライラと過ごしていた。リク達はゴリとは少し距離を置いて接した。
 カニは一度なぐられてから、ゴリにまったく近寄ろうとはしなかった。カニの恐怖心がウサギにも感染した。なにか教わる時にはリクが嫌な思いをしながら聞きに行った。飢えから逃れるため、ゴリから学ぶべきことはいっぱいあった。ゴリは不機嫌にリクに指図した。


 リク達は天満宮の周辺でなにか使えるものはないかと探した。
 自分達で新たにものを作り出すのは無理だった。昔の村人が捨てたものを拾ってきて利用した。廃屋にもぐり込み、いろいろ物色してみても、使い道のわからないものばかりだった。
 ウサギが電気がないと使えないと言っていた。電気がどのようなものか、リクには想像すらできなかった。それにほとんどが錆びて使い物にならなかった。
 リク達は山際のイエを探した。朽ちたイエが生いしげった木々に被い隠されていた。そのイエだけは少し高台にあり、海に沈むのをまぬがれていた。
 大きなイエだったらしく、太い柱がむき出しになっていた。もぐり込むようにして、イエに入って行った。リク達は用心をした。誰かがねぐらにしている可能性があった。ウサギはリクにぴったりくっつき、後ろについてきた。その後をミユもついてきた。天井の大きな梁が落ち、入口にはクモの巣が張っていた。長いこと人が入った形跡はなかった。
 床に散らばった家財道具は腐っていた。鉄は錆び、プラスティック製品はボロボロになっていた。あたりには黒い豆粒のようなものがそこかしこに落ちていた。ネズミの糞だった。腹を見せて仰向けにゴキブリも死んでいた。
 このイエから人がいなくなってから、どれくらいの時間がたっているのだろうか。ここに住んでいた人たちはどこに行ったのだろうか。人に替わりネズミとゴキブリの住処になっていた。
 三人であたりを物色した。残っているガラス瓶、ガラスコップは昔のままで、そのまま使えそうだった。衣類はぼろぼろになり、あたりに散らばっていた。それでも着れそうなものは引っぱりだした。
「きゃー!」とミユの悲鳴が奥の方で聞こえた。
 リクとウサギはなんだろうかとあわててミユを探した。


 ミユは少し奥まったところで、なにかをのぞき込んでいた。リクとウサギもけげんそうに、横からのぞき込んだ。壁から落ちかけた鏡がぶら下がっていた。ミユは自分の姿を鏡に映していた。リクは鏡に映る人が、自分だとわかるまでに時間がかかった。
 そこには髪が伸び放題で、やせこけたみすぼらしい自分の姿が映っていた。三人はお互いの顔を見合わせ、笑いはじめた。鏡に映っている自分達は、猿とほとんど違わなかった。
 リクはさらに奥の部屋におそるおそる入って行った。押し入れから、写真がこぼれ落ちていた。ラミネートされた一枚の写真に目が止まった。
 リクは手でこすって汚れを落とした。写真から子供達が徐々にあらわれた。数人の子供と大人の女が写っていた。きれいな服を着て、笑顔がこぼれていた。猿のような自分達とくらべ、ずいぶん違っていた。
「昔の子供達だね」とウサギは興味深げに横からのぞき込んできた。ちょっぴり羨ましげだった。写真から顔を上げると、なにか言いたげにミユに目をやった。ウサギは写真の女の子を指差した。
「この女の子、首になにかぶら下げているよ」
「なに?」とミユものぞき込んできた。
 ミユは写真の子供達一人一人を目で追った。他の子達に混じり少し背が高く、やせて目立つ女の子に視線が止まった。もっと顔を近づけ、女の子の飾りを見た。少し丸みを持って曲がっており、先端部は壊れていた。色は写真では光の加減ではっきりしないが、青みがかった石のように見えた。女の子とミユの首かざりは同じものに見えた。無意識のうちにミユは石の首かざりに手をやった。
 写真の隅に赤い小さな文字が 「2011」と映し込まれていた。ミユ達に読めるはずもなかった。
「この子、ミユのお母さんか?」とリクが聞いた。
「お母さんじゃない、お母さんの頃には今と同じような生活をしていたから、これもっと昔の写真だと思う。お母さんはオバアチャンからもらったと言っていた」とミユは首にぶら下げた勾玉を手に取り、慈しむように見た。

 天満宮に帰るとゴリとヨモギが口ケンカをしていた。ゴリはなぐりかからんばかりの剣幕でヨモギにつめ寄っていた。
 ヨモギも負けじと一歩も退かなかった。カニとヘソが遠巻きに、二人をおびえて見守っていた。リクは男女のいさかいはどこかで見た記憶があった。得体の知れない胸騒ぎがした。目をそむけ、逃げ出したい衝動にかられた。
「赤ん坊のことらしい」とカニは顔をゆがめた。
「赤ん坊?どういうこと」とミユが聞き返した
 カニはわからないと首を振った。
 ヨモギが泣き叫びはじめた。
「あんたよ!、赤ん坊が自分の子供じゃないから、殺したのよ!」
「違う!殺すわけないだろう、オレがミユから受けとった時には、もう死んでいたんだ」
「ミユが殺したって言うの!」
「そうじゃないよ、そうじゃなくって、病気かなんかで死んだんだ」
「あんたが殺したのよ」ヨモギは地面に泣き伏した。
 ゴリは困りはてたようにまわりを見まわした。
 うり坊がヨモギの足下に一匹近づき、ないた。
 ゴリはミユと目が合うと、うなだれ、どうしょうもないと言いたげに首を振った。ミユはヨモギの肩を抱え上げ、産小屋に連れて行った。しばらくは産小屋から嗚咽がとぎれとぎれに聞こえた。


 リクはやりきれない気分になった。確かにあの夜のゴリはおかしかった。リクが赤ん坊をのぞこうとしたら、隠して見せなかった。もしかしたらあの時、ゴリは赤ん坊を殺したのだろうか。確証があるわけではなかった。漠然とした怖れがあった。その正体がなにか思い出すことができなかった。心の奥底に隠れているようで、見える形に引っぱり出すことはできなかった。

 
 その後、しばらくは二人のいさかいはとだえていた。
 またふたたびもとの生活が戻ってきた。皆それぞれ自分のできることをした。リクとカニは山へワナを見回りに出かけた。イノブタ以来なにもかからなかった。イノブタの断末魔のなき声と、あたりにただよった血の匂いで、他のケモノ達は怖れてどこかへ移動したのかもしれなかった。
 ミユはヨモギと一緒に塩を作ったり、貝、野いちご、ニワトコの実を集めて瓶づめにして蓄えた。ヨモギはイモが地面に隠れていることを教えてくれた。黄色く枯れかかった蔓の先をたどって行くと、地下に真っ白なでんぷんをたんまり蓄えた長い山イモが顔をのぞかせた。全部掘り上げずに、山イモの頭を残してふたたび埋めておくと、次の年にもまた採れることを教えてくれた。
 ミユは手がすいた時には、廃屋から持ってきた写真をジッと見て、物思いに沈んでいた。自分の母、祖母に思いをはせているのだろうか。
 子供は捨てられた親を思い出すのだろうか。親は捨てた子供のことを思い出すのだろうか。リクには母親の記憶が断片的にあったものの、どうしょうもないことだった。回りの子供達も同じ思いなのだろうか、誰も親のことは口にすることはなかった。
 見捨てられた子供達は自分の力で生きのびてきた。この現実を生きのびることが一番大事だった。とにかく生きのびること、そのためにはひたすら食いものを獲ってくることだった。

 夏の盛りが過ぎ、秋になると貯蔵小屋には食料が増えはじめた。これで冬の寒さをなんとか乗り切れる。十分とは言えないまでも、飢えに苦しむことはないだろう。
 いざとなったらうり坊も食料になる。うり坊達はリク達を兄弟のように思っているのか、傍で遊びまわっていた。足下にきてじゃれつくこともしばしばだった。
 他の命が自分達の命の糧となる。自分達が生きのびるためには、うり坊の命を奪うことも辞さない。覚悟はできていた。しかし本当にその時に、足下にじゃれてくるうり坊を殺し、肉することができるのだろうか。
 夜はリク達はひとかたまりになって寝た。リクはまどろんで夢を見た。
 天満宮から飛び立ち、地面にすれすれに落ちそうになりながらも、空中を泳ぐように飛んだ。墜落しないように、もがき手足をばたつかせ飛んだ。夜空には星がきらめいていた。一段と強い光を放っている星が見えた。よく見るとそれはミユが首にかけた勾玉だった。急に暗雲が立ちこめ、ミユ達の姿が見えなくなった。必死に空中を飛び、ミユ達を探し求めた。不安と恐怖に襲われ、懸命に夜空を飛んだ。
 リクはまどろみの中で、かすかな物音を聞いた。誰かが寝床の神社から出て行った。
 誰かが用足しに行ったのかもしれない。すぐには帰ってくる気配はなかった。誰かの小さないびきと、うなされる声が聞こえた。リクもまどろみの中に、ふたたび沈んでいった。

 ゴリとヨモギはリク達とは別に産小屋で寝起きするようになっていた。二人は少しは落ち着きを取り戻しているように見えた。
 二人のいさかいがとだえ、リク達も心が乱されることはなくなった。つかの間の静けさなのかもしれなかった。
 リクは心のどこかに、なにかが引っかかった。それがなにかわからなかった。二人の仲の良さをどこかで見たような気がした。それがくずれる時、恐ろしいことが起こるような気がしないでもなかった。
 ミユに話してみると、心配し過ぎだと笑われた。ミユはヨモギと一緒にいることが多く、ヨモギの気持ちが手にとるようにわかるのかもしれない。
 リク達はゴリと一緒に猟に行くこともなくなり、ゴリの気持ちはわからなかった。ゴリの気持ちは鋭利な刃物のように研ぎすまされ、カニ、ウサギをおびえさせた。
 ゴリはミユとリクに笑いかけることがあるものの、本心から笑いかけているようには見えなかった。
 カニもウサギも敏感に感じ取っていた。ヘソだけ愚鈍さで無邪気にゴリに近寄って行った。おぼれかけた自分を助けてくれたゴリに、今まで大人におびえていたのが、逆に頼もしさを感じているのかもしれなかった。
 数夜、誰かが外に出て行く気配をリクは夢うつつで聞いていた。数夜続いた後、昼間にミユがあたりをはばかるように、リクに近寄ってきて、貯蔵小屋に連れて行かれた。言われるままにへんに思いながらもついて行った。小屋に入ると、蓄えた食料が並べ置かれ、天井には塩漬けの干し肉がぶら下げてあった。
「干し肉が減っているのよ」
「ネズミ?」
 ミユは首を振った。床に並べていたガラス瓶を差し出してきた。
「ここにはネズミは上がってこれないよ。ガラス瓶の蓋も開けて、食べているんだもん」
 ガラス瓶の蓋がゆるんでおり、中身は空っぽだった。
「誰かが盗んでいるのか」
 ミユはこくりとうなずいた。
「バレないように少しずつ盗んでいたみたい。大事な食べものをこっそり盗むなんて、ゆるせないよ」
 ミユは唇をかんだ。リクも同じ思いだった。なんとか安心して春を迎えるために、皆が力を合わせてきた。そのことは皆知っているはずだ。自分一人で今まで生きてきたかもしれないが、今は仲間として、血のつながりはないものの家族同然に生きようとしている。皆口にこそしないものの、心の中でそれを望んでいたと思う。
「心あたりは?」
「わからない、いつここに忍び込んで盗んでいるのか」
「このことは内緒にしといてくれる」
「どうして?」
 ミユは納得できない。リクにもいい考えがあるわけではなかった。
 勝手に食料に手を出すことを止めさせなければならないことはわかっていた。つかまえて止めさせるしかない。
「皆が知ったら、犯人をここから追い出すしかないだろう。追い出されたら、生きていけなくなる」
「仕方がないよ、自業自得よ」
「なんとかするから、ちょっと待ってよ」そう言ったものの、リクにもどうして良いのかわからなかった。
 貯蔵小屋から降りてくる二人を産小屋から出てきたゴリが不審そうに見ていた。


 その夜、月明かりはなく、空には星がきらめいていた。潮騒に混じって遠くに夜のフクロウが鳴いていた。
 リクは皆と一緒に寝転がっていた。寝入りそうなのを我慢し、息をひそめていた。
 いったい誰が食料を盗んでいるのだろうか。十分とは言えないまでも、それなりに食い物は行き渡っているはずだ。今ではひどい飢えに苦しむこともなくなっていた。
 夜、囲いに入れたうり坊が時折思い出したようにキーッとないていた。自分達と同じように四匹のうり坊も寄りそって寝ているはずだ。
 しばらくたっても外には人の気配はなかった。リクはいつの間には夢の中にいた。
 黒いかたまりがうねりとなってリクを襲おうとしていた。黒いうねりから必死で逃げた。得体の知れない黒いうねりは、リクを飲み込もうとした。リクは雄叫びを上げた。
 リクの雄叫びと重なるように、外でも叫びが聞こえた。夢の恐怖からさめ、身を起こした。暗闇を手さぐりで外にはい出た。
 うすぼんやりした暗闇の中に人影らしきものが見えた。人影はもみ合い、大きな人影が下の小さな人影を痛めつけていた。
 下に倒れた小さな人影は、うめき声をあげていた。大きな人影は倒れた人影をつかみ上げ、さらになぐりつけようとしていた。大きな人影が怒鳴っている。ゴリのダミ声だった。リクはとっさに飛び出し、ゴリと小さな人影の間に割って入った。
「このコソ泥が!」ゴリはもう一度地面に倒れ落ちた小さな人影を蹴飛ばした。
 小さな人影をリクは抱え上げた。顔をのぞき込むとヘソだった。ヘソはうなだれ、首を振っていた。ヘソの小さな体が小鳥ように小刻みにふるえていた。
 他の子供達も騒ぎを聞きつけ、神社から出てきた。一人の影がヘソに近寄った。ミユだった。
「オレじゃないよ」としゃくり上げているヘソをミユが受けとった。
 ミユはヘソの頭を抱え上げ、ねぐらへ連れて行った。
「ショウベンしにきただけだよ」とヘソは泣き、しゃくり上げていた。
 ねぐらの入口で、カニとウサギの小さな影が固まったように立ちつくしていた。


 夜が明けると、ヘソの顔がひどくはれ上がっていた。差し込んできた朝日が、ヘソの赤く傷ついた頬に当たっていた。ミユは険しい顔でジッとヘソを睨んでいた。カニとウサギは少し離れ、やせた膝を抱え、ヘソをいじわるそうに見守っていた。
「オレ、盗んだりしてないよ」とヘソは弱々しくミユに訴えた。
 もうすっかり夜が明けていた。鳥達が神社の木々の梢でうるさく、さえずっていた。えさ場へ向かう前にお互いにさえずりで呼び交していた。
 リクはウサギとカニを誘い、釣りに出かけようとした。
「オレも行く」とヘソは体が痛そうにしながらも立ち上がった。
 磯に行っても、誰もなにも言わなかった。カニもウサギもヘソの体を気づかう様子はなかった。逆に胡散臭気にちらちらヘソに目をやっていた。夜の騒動の原因がわかると、カニはヘソに腹を立てていた。
 リクは釣りに集中するでもなく、海面をボーッと見つめていた。これからヘソをどうするか悩んだ。ヘソは一人離れ、潮だまりから、えさになる貝を集めてきた。手のひらいっぱいに、小さな巻貝を大事そうにリクに運んできた。ヘソにしてみれば、自分のできることをするだけだった。そんなことでカニとウサギも許すわけがなかった。

 食料がこっそり盗まれることはしばらくはなかった。それでもヘソの疑いは晴れなかった。
 カニはヘソを邪険にあつかった。ヘソを皆の輪の中に入れようとしなかった。食料を盗んだと言うこと以外に、一番弱いヘソが皆の標的にされた。
 優しいウサギもミユでさえ、ヘソにはつらく当たった。本能的なものかもしれなかった。あからさまにヘソを痛めつけることはしなかったものの、精神的にヘソをのけ者にした。
 ヘソは段々皆から距離を置くようになった。それでもヘソはこの場所を出て行こうとはしなかった。栄養失調でやせ細った手足に不似合いな出っ張った腹は、今では少しずつへこんでいた。皆と暮らすことで、食料を手に入れれるようになり、ヘソは健康状態を取り戻しつつあった。
 飢えに苦しむより、皆からのけ者にされることくらいは我慢できたのかもしれない。精神的に痛めつけられるよりも、現実的な飢えにもっとおびえた。
 ヘソはジッと皆の顔色をうかがっていた。リクが気を使って声をかけてもただ黙ってうなずくだけだった。ヘソの顔から無邪気な笑顔は消え、一人で考え込むようになっていた。

 秋は深まりつつあった。熟れはじめたアケビを採りに山に入った。廃屋の庭先で、柿の実が熟れはじめ、甘い汁が子供達のごちそうになった。間違って渋柿にかぶりつき、顔をゆがめ、皆で笑い合った。ヘソだけ笑いには加われなかった。
 ヘソはリクの行く先々に黙ってついてきた。リクはヘソを邪険にあつかうわけでもなく、かと言ってかばうわけでもなかった。
 ヘソと二人で廃屋に使えるものがないかと物色に行くと、廃屋から出てくるミユに出くわした。お互いにびっくりして、顔を見合わせた。ミユはたびたび廃屋にきていたらしい。
 自分の母親達の手がかりになるものがないか、探しにきていたらしい。詳しいことはなにもしゃべらなかったけれど、リクにはなんとなくミユの気持ちがわかった。
 勾玉をぶら下げた女の子の写真を見て以来、ミユはどこか物優気だった。気をまぎらわすために、ヨモギにくっついて、ぬくもりを少しでも得ようとしているのだろうか。ヨモギに母親の姿を重ねているのかもしれなかった。
 ヨモギもミユを可愛がった。ここのところ体調が良くないのか、ミユを頼りにしていた。

 ある時、海辺に出て、打ち上げられた海草集めをヘソにいつものように手伝ってもらった。
 カニとウサギは行動を共にすることが多くなり、自然とリクとヘソが一緒になって食料を獲りに出かけた。ヘソは黙々と浜辺に海草を運んだ。
 こげ茶色の長い海草は、少しねじれてひらひらしていた。天日で干して保存食にした。波の荒い翌日には、芥に混じって海草が打ち上げられていた。波打ち際に打ち重なり、帯のように海草が押し寄せていた。
 天日で乾燥させた後、こびりついた砂を払い落とし、保存した。煮ると茶色の海草は緑色に変色した。
 黙々と海草を拾い集めていたヘソの手が止まった。ヘソは背を伸ばし、沖合をジッと見ていた。まぶしくきらめいている海をリクも見た。
 光る波間になにかが動いていた。ヘソと並んで沖合に目をこらした。二人は顔を見合わせた。集めていた海草を放り捨て、急いで浜をかけ上がった。松林まで走り込むと、松の幹に身をひそめた。
 沖合から小舟が浜に近づいてきた。三人の男が櫂をこいでいた。
 リクとヘソは息を殺し、様子をうかがった。舟は浜に乗り上げ、漁師達は砂浜に降り立った。半裸の漁師達は砂浜の足跡に気づいたのか、リク達の身をひそめている松林のほうに目を向けてきた。
 息がつまりそうだった。日が照り返している浜辺からは、松林はうす暗く、おそらく見えないはずだ。一人の漁師が、リク達の足跡をたどって浜を上がってきた。リクの腕をヘソがぎゅーっとつかんだ。
 リクの顔から汗がしたたり落ちた。漁師は誰かがここで暮らしていることに気づいただろう。砂浜の小さな足跡から、子供達だと気づくだろう。こちらに向かってくるかと思うと、すぐにでも逃げ出したくなった。しかし舟の傍の男に呼び戻されたらしく、ためらいながら引き返した。
 漁師達は小舟から荷物を降ろし、砂浜にすわり込み、食事をはじめた。小さな箱から白いモノを箸で食べているのが遠目にもわかった。白い粒のかたまりのようなものだった。見たこともない食べものだった。
 漁師達は食事を終えると、小舟から長い棒を取り出した。先には鋭利なモノをつけているように見えた。
 漁師達は小舟を浜に置いたまま、岩場に向かった。長い棒を持ち、磯から海にもぐった。しばらく海にもぐったまま、なかなか息つぎに海面に顔を出さなかった。海面に魚が突き上げるように出てくると、ついで漁師の頭が浮き上がってきた。漁師達は素もぐりで魚を突いているようだった。何度も海にもぐり、そのたびに魚をつかまえていた。
 リク達は見つからないように松林から遠まわりして、岬の突端に行ってみた。細い道は低木が茂っており、枝をかき分けて行くと、突端は見晴らしが良くなった。
 岬の上から漁師達の様子をうかがった。入江からこちらが見えるはずもないのに、用心をして身をかがめた。
 漁師達は漁を切り上げ、海に浮かび出た学校の廃墟を通り過ぎ、小舟は海面をすべるように沖合へ出て行った。岬をまわり、ウミガメの卵がとれた広い砂浜のほうに向った。もっと先に舳先を向け、遠ざかって行った。ズーッと先の岬で舟影はかすんで見えなくなった。
 天満宮のねぐらに集まり、皆でどうするか話し合った。
 大人の怖さは皆知っていた。苦労して蓄えた食料のことを考えると、簡単に大人達にここを明け渡す気にはなれなかった。食料さえあれば、なんとか冬を乗り越えられる。蓄えた食料が見つかると、略奪はまぬがれないだろう。誰もが楽をして食料は手に入れたい。相手が子供と大人二人なら、漁師達は食料を簡単に奪えるだろう。容易に奪える食料を見逃すはずもない。
 ゴリは当てにならなかった。ヘソが痛めつけられてから、ゴリに対して消えかかっていた恐怖心がふたたびよみがえっていた。ゴリとは一歩距離を置いて接していた。ゴリは自分たちに力を貸してくれそうもなかった。さらに新たな大人がやってくるとなれば、安心してここで暮らすことは無理だろう。
 ウサギの顔は、凍てついたように表情がなかった。他の子供達も同じだった。実際に漁師を目撃したヘソはウサギよりももっとおびえていた。
 普段強がっているカニの口から、強気な言葉は出なかった。強がってみても、大人と出くわせば、ひどい目にあわされることはわかりきっていた。
 一冬越せるだけの食料を目にして、漁師達が大人しく引き下がることはまずないだろう。漁師達はするどい銛を持っていた。争えば殺されるかもしれない。
 どうすることもできず、皆自分の殻に閉じこもるように寝床についた。なかなか寝つかれないのか、寝返りを打ったり、空咳をしたりしている。それもしばらくすると止み、境内は静寂に包まれた。遠くに潮騒だけが聞こえた。リクも潮騒を聞きながら、いつしか眠りについた。
 どれくらいたっただろうか、誰かが寝床から外に出て行く気配で目がさめた。ヘソが用足しにでも行ったのだろうか。うり坊が寝ぼけたようにないていた。
 しばらくして、忍び足がリクに近づき、肩をそっとゆすった。ヘソがリクの顔をのぞき込んできた。リクはなにごとかと上半身を起こした。ヘソは興奮をなんとか押さえ、ささやくように誰かがいるとリクに耳打ちした。
 リクはヘソに連れられ、身をひそめ、貯蔵小屋に忍び寄った。貯蔵小屋の戸が開きぱなっしになっているのが、夜目にもわかった。入口に梯子が立てかけてあった。高床の柱のもとに身を隠して様子をうかがった。
 ヘソが恐怖で身をかたくしているのが手にとるようにわかった。リクも同じだった。頭の上の高床のきしむ音がかすかにした。
 足音は立ち止まったかと思うと、また移動している。しばらくして足音は入口に向かい、出てこようとしていた。二人は地面に、はいつくばり、身をひそめた。梯子を下りてくる気配がした。暗がりにも関わらず慣れた動作で梯子を下りているようだ。
 梯子から地面に降り立ったのは男の影だった。盗んだ食料を手に持ち、産小屋に足早に向かった。
 ゴリに間違いなかった。産小屋からヨモギの声が聞こえた。リクはどうしていいのかわからず、しばらくヘソと地面に顔をくっつけるような格好のままでいた。ヘソをうながし、ねぐらに引き返した。
 ねぐらに入るとリクはすわり込んだ。ヘソがリクの顔をのぞき込んでいた。リクは押し黙ったまま、しばらくものも言わずにジッと考え込んだ。
 食料泥棒はヘソではなく、逆にゴリだった。どうしてゴリは黙って食料を盗んでいるのだろうか。こそこそする理由は見当たらなかった。腹がすいているのは皆同じことだ。たらふく食い物を口にすることはできないものの、それなりに食い物は皆に行き渡っているはずだ。夜中にこっそり盗み出すことはないはずだ。冬に備えて食料を蓄えていることはわかっているはずだ。
 次の日、リクはミユを貯蔵小屋へ連れて行った。梯子は立てかけられたままになっていた。不審そうにミユはついてきた。ミユはすぐさま、食料が荒らされていることに気づいた。
「また盗まれている、ヘソなの?」
 リクは首を振った。
「ゴリが夜忍び込んでいるのを見つけた。ヘソは自分が犯人じゃないと皆にわかってもらいたくて、見張っていたらしい」
「どうしょう」とミユが不安げにつぶやいた。
 自分達の力ではどうしょうもなかった。しかしこのまま黙って見過ごすわけにもいかなかった。
 どうすればゴリに止めさせることができるのかいい考えは浮かばなかった。ミユも同じだった。二人は困り果てた。
 外でミユを探しているらしいヨモギの声が聞こえた。ミユはあわてて梯子を下りて行った。
 ヨモギとミユは連れ立ってドングリを拾いに行った。うり坊の餌にするためだ。
 山裾は荒れ、カシの木が繁っていた。他の木はカシに日を遮られ大きく育つことはなかった。秋になるとドングリがあたり一面に落ち、地面を被いつくした。
 歩くとドングリの硬い殻が音を立ててつぶれた。ドングリは採りつくせないほど、収穫があった。収穫は虫との競争だった。地面に落ちてしばらくたつと、ドングリは虫食いで小さな穴が開いた。
 リクも少し離れて二人の後をぶらぶらついて行った。ヨモギが不思議そうにリクを振り返り、ほほえんだ。横に並んで歩いているミユの脇腹をひじでつっつき、意味ありげに笑っていた。
「あんた達、仲が良いのね。ミユはもっときれいになるよ」
 ミユはぎごちなく笑った。顔は日に焼け、むき出しの長い手足も日に焼けていた。ヨモギのような女らしさはどこにもまだなかった。
 ヨモギは急に立ち止まると、前かがみになって吐いた。
「大丈夫?」とミユは心配そうにのぞき込んだ。
 ヨモギは口元を手でぬぐうと、だるそうに身を起こした。リクも心配そうにヨモギの様子をうかがっていた。ヨモギは下腹をさすりながら、ミユとリクに笑顔を見せた。
「ごめんね」とヨモギはリクに申しわけなさそうに言った。
「小屋の食料を盗んだのあたしよ」
 リクとミユは驚いて顔を見合わせた。
「ゴリに頼んだのよ、ゴリも最初はヘソが盗みに入っていると勘違いしていたみたい。ヘソには申しわけないことしてしまったわね」
 ミユはじっとヨモギをにらんでいた。リクも困ったように立ちつくしていた。
「悪いと思ったけど、死んだ赤ん坊がまたお腹に戻ってきてくれて、食べものが必要だったのよ、ごめんね」
 ヨモギは少しふくらんだ腹を満足そうにさすった。ヨモギはふたたび吐いた。ヨモギは苦しいながらもすまなさそうに笑った。

続く