青の欠片 8、9、エピローグ
目次
<親に捨てられた子供達は廃墟の中で自分たちの力で生きてきた。文明が一度崩壊し、縄文時代、弥生時代のような先祖帰りした社会の中で子供達は自分たちで学び困難に立ち向かった。 考古学を題材にした子供達のサバイバル物語>
八 雨乞いの儀式
雨の季節に雨は降らず、そのまま暑い夏がやってきた。ムラにあせりの色がただよいはじめた。
夜になると広場でダンオウを囲んで話し合う男達の姿をたびたび見かけた。
話し合いが長引いた夜、ニワトリが異常にさわがしく鳴いた。リクは檻の中で泥のような眠りからさめた。男達とカスミがあわててニワトリ小屋に走って行くのが見えた。男達の怒鳴り声と、イヌの悲しげなうめき声が聞こえた。
朝になり、イタチがリクを呼びにきた。久しぶりに鍛冶小屋へ連れて行かれた。
鍛冶小屋に粘土で造った鋳型が置いてあった。模様が彫られ、二つの鋳型を合わせると筒状のものに仕上がるようになっていた。
「鐘を造る、雨乞いの道具だ」
鐘と言ってもリクにはわからなかった。
「見張り台にぶら下がっているだろう、あんなようなもんだ」
そう言われてみれば、見張り台にへんなモノがぶら下がっていたのを思い出した。
「そんもので雨が降るのか」
バカらしく思えた。鐘で雨が降るのなら、水汲みもしなくてよいし、ため池も造る必要もない。死ぬ思いをして働かなくてもよい。鐘で雨が降るのなら、はじめから鐘を造ればすむことだ。
「オレの造る鐘で雨が降らなかったことはない」とイタチは自信ありげだった。
イタチは半筒の片方の鋳型に内子を入れ、ぴったり収まったかどうか確認した。そして、もう半分の鋳型をかぶせた。上下の鋳型にずれがないか、ちゃんと重なり合っているか確かめた。やわらかく溶かした粘土で二つの鋳型をくっつけた。
火所の脇に積んであった灰の山に、鋳型の底を上にして埋め込んだ。鋳型の底がわずかに顔をのぞかせる程度に灰で被った。
イタチはヨッシとパンと手を打った。
「火を起こすぞ」と意気込んだ。
𥧄の上には大きな分厚い土鍋が乗せてあった。昔の人間が使っていた金色に輝く銅と灰色の金属を粉々にして入れた。リクはフイゴの風送りの押し子を、汗だくになってつとめた。やがて土鍋の温度が上がり、真っ赤に煮えたぎりはじめた。
湯玉が浮かび上がってきた頃合いに、イタチが坩堝と呼ばれる小さな土器の柄杓ですくい上げ、急いで鋳型に流し込んだ。鋳型の小さな注ぎ口に、ドロドロに溶けた金属を注意深く流し込んだ。
リクはその間も𥧄の温度が下がらないように、フイゴで風を送り続けた。少しでも足を休めると、イタチの罵声が飛んできた。
鋳型に銅を流し込み終えると、イタチが休めと指図してきた。リクの鼻の頭も真っ黒になった。
「おまえも鼻黒イタチになりたいか」イタチはうっすらと笑いを浮かべた。
イタチは椅子に腰かけ、リクをじっとにらんでいた。イタチの紺色のシャツに汗が白く吹き出ていた。
リクは息苦しかった。この男といると落ち着かない。相手を見すかし、いたぶるよう視線をむけてくる。リクは答えず、無視した。
先ほどまで使っていた坩堝をイタチは素手でつかむと、差し出してきた。
「さわってみろ」
リクは恐る恐る坩堝に手を出してみた。ハッとして思わず手を引っ込めた。イタチはまだ熱さの残った坩堝を平気でつかんでいた。
「これくらいは平気になってしまう」イタチの手は分厚く節くれだっていた。長年の仕事で、熱いものにも平気になっているのだろう。
「こんなもんで驚くな」イタチは火のついた枝で自分の服に火をつけた。リクはイタチに火をつけられた恐怖がよみがえり、椅子から転げ落ちた。
イタチは服が燃えても不気味に笑っていた。リクに火をつけた時と同じ目つきをしていた。こいつは狂っている。
「なにこわがってんだ」とイタチはあわてることもなく、服についた炎を余裕で払い落とした。
「おまえもやってみるか」とイタチはおかしそうに言った。リクはとんでもないと首を振った。
「恐怖心で冷静に炎を見ることができなくなっていた。炎を怖れ、おまえはのたうち転げまわった」
あの夜、イタチに檻から引きずり出され、恐怖に取りつかれ、目の前の状況がまったく見えなくなっていた。
「夜だとちっぽけな炎も大きく見えるだけだ。おまえのシャツもボウボウ燃えているように見えたが、本当は大して燃えてはいなかった」
イタチの言っていることがわからなかった。確かにシャツが大きな炎を立てたわりには、大した火傷はしなかった。
「おまえのシャツには汗で塩がしみ込んでいる。塩は燃えないんだ」イタチはほくそ笑んだ。
火傷をさせない程度にいたぶっていたということか。なんのためにそんなことするのか、理解できなかった。
夕方になるとトビも帰り、二人して檻に閉じ込められた。ヨネ婆が夕飯を運び込んできてくれた。
「ごちそうだよ」
碗には大きな肉のかたまりが入っていた。自分達にこんな肉が出てくるのは不思議だった。
「これは?」
「テンが持ってきてくれたんだよ」
「テンが?」
「いいから食いなよ」と横からトビが口を出した。
リクは首を傾げながら、一口かじってみた。
「おいしいだろう、イヌだからね」とヨネ婆がさらりと言ってのけた。
リクは思わず吐き出した。
「オイオイ、もったいないことするなよ」とトビがあきれていた。
「ニワトリを襲ったイヌをさばいたのさ、ニワトリはおえらいさん達、イヌはあたし達にね」
「どのイヌが?」
「どのイヌだって同じだよ、しょせんイヌはイヌだよ」
リクは碗に残っている肉をじっと見た。
「そりゃイヌもあわれだよね。一生懸命人間様にしっぽを振っていたのに、ミコ様のニワトリを間違って一度襲っただけで、頭をガツンとやられたら、たまらないよね。でもブタもイヌも肉には変わりないよ」とヨネ婆は屈託がない。
リクはうなってしまった。
「食えよ」とトビは自分の肉にかぶりついた。
「そうだよ。とにかく体力だけはつけとかないとね。イタチが言ってたよ、準備をしとけって」
トビも箸を止めた。
「どういうこと?準備って」とリクは聞き返した。
「どういうことだろうね。あたしにもわかりゃしないよ、あれの言うことなんか」
準備とはなんだろう、なんの準備なんだろう。
イヌと自分の姿が重なった。リクはどうしても食う気になれず、自分の碗をトビにやった。トビは喜んでいた。
ため池造りにふたたびまわされた。堰堤は半分もまだ仕上がっていなかった。シダを敷き、その上に土を盛った。シダを間に敷くことで、くずれにくくするためだった。
シダ集めは子供達の仕事だった。子供達も少し大きくなると、仕事にかり出された。子供達は遊びの延長で、大人の真似をして、せっせとシダ運びを手伝った。少しでも自分も役立ちたいと思っているのだろう。
ヒワも他の子供達に混じり、シダ運びを手伝っていた。子供心に他のものに負けられないとの思いがあるのか、か弱い体を忙しく動かしていた。
ヒワはトビの弟なのに、どうして奴隷に組み込まれていないのか、不思議に思ってヨネ婆にたずねたことがあった。
トビはムラに連れられて来られた時には、すでに物心がつき、ムラの一員としてやっていくには無理な歳になっていた。このムラになじまず、まわりのムラ人にいどむような目つきをいつも向けていた。殺された家族の復讐心にとらわれていた。
ヒワはまだ幼く、物心はまったくついていなかった。このムラでは生まれても死んでいく子供のほうが多かった。ヒワくらいまで育つ子供は少なかった。将来このムラの担い手になるだろうと、兄弟は別々に育てられた。
ムラ人の一員として育てられはじめたものの、このムラで生まれ育った子供達と、自分はどこか違っていると、ヒワは子供心にも感じているのかもしれない。
トビはいつかここを逃げ出し、ヒワを連れて自分のムラに帰ると言っていた。もう誰もいないことがわかっているにもかからわず。
その気持ちはリクにも理解できた。リクには自分のムラ、イエはないにもかかわらず、海辺の神社とカニ達の元が自分の帰る場所に思えた。
檻に閉じ込められ、何度も夢にうなされた。カニ、ミユ達とかけめぐった野原と海辺の光景だった。やっとの思いで帰っても、誰も気づいてくれなかった。
帰ってきたぞと叫んでも、誰も気づいてくれなかった。夢の中で叫ぶ自分の声に驚き、目がさめることがたびたびあった。
山の中腹のなだらかな場所で、男達が数人がかりで地面をならしていた。竹を四方の四隅に立てていた。青竹の先に少しばかり葉を残していた。雨乞いの準備が始まったらしい。中央に竹で祭壇も造っていた。
夜になると広場でダンオウと男数人にキツネが、かがり火の下で話し込んでいた。イタチも呼ばれ、少し下がったところで、ひかえていた。ダンオウとキツネがイタチに問いただしていた。雨乞いの打ち合わせのようだった。
翌朝、リクとトビはイタチに呼ばれた。皆がため池造りに出かけるのを尻目に、イタチの後について鍛冶小屋に向かった。
「明日は雨乞いの儀式だ。おまえ達にも準備を手伝ってもらう」
イタチの言っていた準備とは雨乞いのことだったのかと思った。
鋳型を灰の山から掘り出した。掘り出し終えると、ダンオウが供の男をしたがえ入ってきた。
ダンオウはじっとリク達をにらみつけていた。リクは身を硬くした。イタチは愛想笑いを浮かべた。
「いいから続けろ」とダンオウはイタチの愛想笑いを払いのけた。
イタチと三人がかりで、鋳型を作業台の上に丁寧に運び上げた。鋳型は熱で赤く変色していた。
イタチは上下の二つの鋳型の合わせ口に鏨をあてがい、金槌で軽く叩き、合わせ口を少しずつこじ開けた。
合わせ口がはずれると、中から黄金色に輝く鐘が顔をのぞかせた。まわりの人間はホーっと感嘆の声を上げた。ダンオウも一歩前に進み出て、のぞき込んだ。
イタチは生まれたばかりの赤子を抱きかかえるように、鐘を台の上に立てた。
リクは黄金色に輝く鐘をはじめて見た。
筒状の鐘は頭のほうがややすぼまり、底は裾広がりになっていた。リクの頭がすっぽり入るほどの大きさだった。
鋳型に彫られていた文様は、鐘の表面に反転して浮き上がっていた。縦横の格子の区画を施していた。格子はおそらく田んぼを描いたものだろう。農作業をする人間達が、浮いた細い線で描かれていた。稲穂、トンボ、カエルなどの田んぼの生き物も描かれていた。
「イタチ様の手にかかりゃ、ざっとこんなもんだ」とイタチは自慢気にダンオウの顔をうかがった。ダンオウは見せたことのない笑みをひげ面にうっすらと浮かべた。
「これで雨が降らなきゃウソだな」とイタチは自信ありげだった。
確かにこの鐘だったら、雨が降るのではないかと思わせるでき映えだった。
火を自在にあつかい、硬い金属を自分の思い通りの形に変えていく術は、誰も真似のできることではなかった。
狂ったようなイタチと、火と金属をあつかう時のイタチはまったく違った。この違いはなんだろう。イタチが奴隷上がりにもかかわらず、ムラで特別な地位を築いている理由が、やっとわかったような気がした。
ダンオウが引き上げると、イタチは鋳型からはみ出た蔕部分を、ヤスリでこそぎ落とした。
トビはダンオウ達がいなくなった明るい外を、けわしい顔でにらんでいた。トビのダンオウを憎む気持ちが、手にとるようにわかった。
「足を見せろ」とイタチはヤスリがけを終え、リクとトビに声をかけた。
二人はいぶかしげに、お互いに顔を見合わせた。イタチはかがみ込み、リクの足元をのぞき込んだ。リクは気味悪げにイタチを見下ろした。イタチは鎖をつかむとじっと確かめ、一人で勝手にうなずいた。工具箱をガチャガチャと漁り、二、三種類の工具を選び出した。
誰かこないか、入口を見張っていろとトビに指示した。くるぶしにはめられた足環の接合部に鏨をあてがい、根気よく金槌で叩いた。足環がゆるむといったん抜き取った。もう片方もはずした。
リクは思わず飛び上がった。
「静かにしろ!」とイタチがいさめた。リクはそのまま外に飛び出して行きそうになった。
「落ち着け、今逃げても、つかまって殺されるだけだ」とリクの手首をつかんだ。
イタチは足環に細工をはじめた。少しばかりの力で引っぱっても、はずれないものの、足環の横を硬いもので叩くと、簡単にはずれるようにした。ふたたび、リクの足首に足環をはめてうまくいくかどうか確かめた。
トビを呼び、見張りをリクと代わらせた。トビの鎖にも細工を終え、
「まだ逃げれる時機じゃない。もう少し待て、いいな、逃げる心の準備だけはしとけ」とイタチは二人をにらみすえた。
どういうつもりで鎖を外せるようにしたのか、イタチの腹のうちは読めなかった。だまされるのではないかとの疑いはぬぐいきれなかった。
もしかしたら、イタチのワナもしれないとの疑いもあった。一方でリクとトビをワナにかけても、イタチにはなんの得にもならい。思い過ごしかもしれない。
もし逃げれたら、天満宮へ帰ろう。自分達でムラも造ろう。
朝からムラは落ち着きがなく、カスミがあわただしく宮殿に出入りしているのが目に入った。今日、雨乞いの儀式がとり行われることになっていた。準備であわただしくムラ人が動いていた。
出かける際、点検を受けたものの、足環の細工はばれず、見た目には前とまったく変わらなかった。道具を担いで無事に出発した。
朝、雨乞いで本当に雨が降るのだろうかと、ヨネ婆にたずねてみると笑っていた。
「キツネじゃねー」といささか心もとなげな感じだった。 「この婆さんが雨乞いしたほうが、ましかもしれないよ。歯抜けの婆さんじゃ神様も嫌がるかな」と冗談を言っていた。
山の裾から人のざわめきが聞こえはじめた。鐘が担ぎ上げられてきた。四人の男達が担ぎ、続いてキツネが山道を登ってきた。さらにその後にダンオウ達も続いていた。
キツネは上が純白、下が深紅の服を身にまとっていた。リクの傍を通り過ぎる時、独特の香りがただよってきた。宮殿からほのかにただよってくる匂いと同じだった。服に香をたき込んでいた。リク達のまわりには、汗と生臭いケモノのような匂いか、腐臭しかなかった。匂いまで別世界の人間に感じられた。
最後のほうで上がってきたイタチが、リクの足元を見て意味ありげにうなずき、通り過ぎて行った。
男達が鐘を祭壇に下ろすと、キツネはカスミに指示し、鐘の両脇に供え物の入った赤く塗られた高杯を供えさせた。
鐘は日に当たると輝きを増し、太陽の光をはね返していた。
子供達も鐘を一目見ようと、我先に祭壇のまわりに群がってきた。男が子供達を退けるとキツネが祭壇の前に進み出た。キツネの髪は腰のあたりまでたれ下がっていた。鐘の反射する光にキツネは包まれていた。
ダンオウが妻子と共にキツネのすぐ後ろにひかえ、その後には年老いた男達が続いた。儀式の並びにも序列があった。イタチは最後尾でテンと儀式が始まるのを待った。茶色の服の奴隷達は、儀式でものけものにされた。
キツネが呪文を唱えはじめた。キツネの燃えるような赤い服が、ひと際目立って見えた。まわりの野山にはない赤い色が、おごそかな儀式にみせていた。
ムラ人達はうやうやしく頭をたれた。子供達は自分の親を見習い、大人しくキツネの呪文に耳を傾けていた。後ろのほうでヒワもあたりをうかがいながら、神妙な顔つきで祭りに参加していた。
キツネは雲一つない天を仰ぎ、波のようにうねる呪文を唱え続けた。長い儀式とジリジリ照りつける日の光で、子供達は段々落ち着きをなくしていた。そのたびに親がにらみつけた。男の子が後ろを振り返り、ヒワに舌を出し、からかっていた。ヒワは無視し、そっぽを向いた。子供達は親の席順で、ムラでの地位を理解しはじめていた。ヒワもこのムラの人間として生きていこうと、子供なりに考えているのだろう。しかし、支配者達の子供が、ヒワをつまはじきにしていた。ヒワにはそれがどうしてなのか、まだわからないのかもしれなかった。
リクはすぐにでも雨が降りはじめるのかと、天を仰いだものの雲はどこにも現れなかった。はるか遠くの建物よりさらに遠くで、うっすらと煙がのぼっているように見えた。
キツネの取りつかれたような祈りが最高潮に達した。
リクには異様な光景に見えた。神を鐘に呼んでいるのだろうか。キツネには神の姿が見えるのだろうか。
キツネの呪文が終わると、ムラ人はいっせいにほっとしたように体を伸ばした。子供達もやっと解放され、また鐘のまわりに集まった。
男達が傍に掘ってあった穴に、鐘を寝かせるようにそっと置いた。高杯も一緒に納めた。ヨモギの赤ん坊を埋めた時のように、丁寧に土を被せた。
ムラ人達は期待を込め、天空を見上げた。はるか遠くでたなびいていた煙が、段々はっきり見えるようになった。雨雲ではなく、黒く巨大な生き物が、天にかけのぼるように見えた。
ムラ人達が騒ぎはじめた。
「遠くで戦いが始まったな」と誰かのおびえた声がした。
リクの心にも不安がわき起こった。
九 戦い
雨乞いの儀式が終わっても、空には雨雲一つ現れなかった。
遠くで戦いが始まったかもしれないと、ムラにはただならぬ空気がただよっていた。
ムラとムラがお互いに略奪をはじめるかもしれない。トビも数年前にも同じことがあったと言っていた。コメが穫れず、蓄えていた食料が他のムラに狙われた。飢餓がやってくるかもしれない。小さなムラは大きなムラに襲われ、跡形もなくなった。生きのびた者はさまようか、捕まり奴隷になった。
他のムラの襲撃に備えなければならなかった。男達は武装し、昼夜を問わず見張りを厳重にした。ダンオウは何人かの男を周辺のムラムラの様子を探らせに行かせた。
雨さえ降れば、間に合うかもしれなかった。例年よりも収穫は減るものの、なんとかしのげる。
ヨネ婆が井戸の底をのぞきながら、「キツネじゃねー」とまたぐちっていた。
「イタチがあんな立派な鐘を造ったのに、雨が降らないのは、キツネがほんとうのまじない師じゃないかもしれないからかねえ」
「ミコだったら雨は降らせれるのか」とリクはヨネ婆にたずねた。
「どうだろうね、やっぱりこのお婆のお出ましかい」と口を開けっぴろげにして笑っていた。
ヨネ婆の言葉はいつも皆をなごませた。苦しい中でもヨネ婆はそれを笑いにして、身をかわす術を持っていた。懸命に生きているには違いないが、肩に力が入っていなかった。
「このまま雨が降らなけりゃ、どうなるんだろうかね」とヨネ婆は心配そうだった。
「どうなるんだ?」とリクはたずねてみた。
「うまく行かない時には、誰かが槍玉にあうんだろうね。イタチかキツネが」
「キツネも?」とリクは驚いた。
「とりあえずはイタチだろうね。まじない師だって場合によっては、殺されることがあるってよ。それだけムラはまじないに頼っているってことさ。雨乞いをしたのに雨が降らないのは、力のないまじない師のせいにされちまう。お婆はまじないなんかちっとも信じてないけどね。お祈りしたって雨が降るわけないよ。そんなの当たり前だろう」とまたヨネ婆は屈託なく笑った。
「まじない師の力だけじゃ、雨が降らないことがわかっているのに、どうしてお祈りなんかするんだろう」リクには理解できないことだらけだった。
「お祈りなんかに意味なんかありゃしないよ。お祈りすること自体に意味があるんだよ。祭り事でムラ人の連帯感を強めるっていうか、まアーそんなところじゃないかい」
このムラは敵のムラと普段はうまくやっていると見せかけ、いざとなれば相手を襲い、襲われれば反撃し、ムラを守り生きのびてきたのだろう。このムラを囲っている堀も塀も、見張り台もすべて戦いに備えて造られていた。普段はのどかなムラに見えるものの、いつでも戦いに備え、警戒しているのがわかる。リク達も海辺で暮らしていた時、数人が寄りそうように生きてきた。てんでばらばらに生きてきたリク達も、力を合わせ、冬に備えて食料を蓄えることをしはじめた。このムラは大人数で蓄えもしっかりしていた。ブタ、ニワトリも飼い、力を合わせ生活していた。男達は屈強でムラを守るために槍、弓矢を持っていた。その上、あがめられる支配者がいる。それでもムラは何かにすがりつかなければやっていけないのだろう。お祈りがムラのよりどころになっているのだろう。
夜になり、ヨネ婆の言うことが的中した。
ダンオウを囲んで、武装した男達が広場に集まっていた。声高に叫ぶものもおり、不穏な空気がただよっていた。ダンオウは男達のいきどおりにうなずいていた。二、三人の男が輪の中から抜け出し、イタチを引きずり、引っ立ててきた。カスミがイタチにしがみつき離そうとしなかった。男の一人がカスミを蹴飛ばした。
ダンオウの前にイタチを地面に屈辱的な格好ではいつくばらせた。男達の輪の外で、カスミが心配そうにオロオロしていた。
まわりのイエから騒ぎを聞きつけ、ムラ人が不安そうに出てきた。イタチがこらしめを受けているのだとわかり、事のなりゆきを残忍な目つきで見守りはじめた。宮殿からキツネも姿を現した。ヨネ婆も小屋から固唾を飲んで騒ぎを見守っていた。
一人の男がイタチの背中に火をつけた。イタチは微動だにせず、背中の燃えている火にたえた。カスミが言葉にならない叫び声を上げた。イタチにかけ寄ろうとしたが、男が押しとどめた。
ムラ人の不安と雨の降らない怒りが、イタチに向けられていた。
「殺せ!」と叫ぶ声があちらこちらからわき起こった。
最初はおびえていた子供達でさえ大人にならって、叫びはじめた。ヒワも恐ろしげにイタチの背中の炎に見守っていたが、まわりの子供達に合わせ叫びはじめた。
カスミはテンに抱えられ、ムラ人の狂気にたえていた。
ムラ人が宮殿に向かいはじめた。
「ミコ様、姿をお見せください!」と口々に叫びながら、宮殿のキツネの元に押し寄せた。
キツネはムラ人の群れを躍起になって押し戻した。キツネは長い髪を引っつかまれ、引き倒された。カスミがキツネをかばおうとあわててかけ寄った。
ムラ人はカスミも突き飛ばし、数人がキツネを宮殿のひさしから引きずり出した。キツネの悲鳴が、あたりにひびきわたった。ダンオウが先頭に立って宮殿に入って行こうした。カスミは必死に食い止めようとした。ダンオウはカスミを押しのけ、宮殿の奥に向かった。後にムラ人が宮殿になだれ込んだ。
ムラ人がキツネをいたぶっている隙に、テンがイタチを引きずるようにしてヨネ婆の小屋に走った。檻の前を通る時、顔を上げたイタチがリクとトビに不適に笑いかけた。
イタチはテンに檻の鎖をはずしてやれと喚いた。
「おまえ達は逃げろ!敵が来るぞ!」
テンは急いで檻の鎖をはずした。もたもたしているテンにリクはイライラした。
ダンオウ達が宮殿からざわざわと出てきた。
「ミコ様がいないぞ!」と大声で叫んだ。ムラ人達に動揺が走った。
「ミコ様はどこにいる?」とダンオウがキツネにつめ寄った。次々とムラ人がキツネを取り囲みはじめた。キツネはおびえた目で首を振った。
張りつめた空気の中で、突然見張り台の鐘が激しく打ち鳴らされた。鐘の音がムラ中にひびきわたった。イヌも鐘に合わせて遠吠えしはじめた。
キツネにつめ寄っていたムラ人達が、いっせいに見張り台を見上げた。
塀の外から見張り台にいくつもの火の矢が飛んできた。ムラ人達はあわてふためいて逃げまどった。イエに逃げ込もうとするとイエの屋根に火がついた。あちらこちらに燃え広がった火の中をムラ人は右往左往した。
ダンオウ達は大声を張り上げ、男達に反撃させた。高床の食料倉庫に飛び火しないように、ムラ人は躍起になって火を消した。子供達はおびえて泣きながら母親を捜した。
リクとトビは鎖の足環に石を打ちつけ、懸命にはずそうとした。あせればあせるほど足環はなかなかはずれず、もたもたしていると、ヨネ婆が手伝ってくれた。
やっとはずれるとヨネ婆がリクとトビの背中を押した。
「さっさと逃げるんだよ!」
「お婆も」とリクが声をかけると、ヨネ婆は首を振った。
「お婆はもういいよ」火の明かりに照らされたヨネ婆の顔が笑っていた。
「迎えにくるから」とリクはヨネ婆に言い残した。
「ああ待っているよ、うば捨て山に行く前に頼むよ」とヨネ婆は笑い、もう一度リクとトビの背中を押した。
イタチは檻にもたれ、ムラの騒動を笑いながら見守っていた。イタチはリクとトビをろくすっぽ見もせずに追っ払うように手を振った。
リクは走り、逃げ出すところはないか、あちらこちらキョロキョロ捜した。トビはもたもたしていた。ヒワの姿を探し求めていた。逃げ口は大門のくぐり戸しかなかった。
くぐり戸にムラ人が殺到していた。我先に逃げようとする奴隷達でごった返していた。武装した男達が押し返していた。武装した男の背中に、外から矢が飛んできた。外へ逃れようとする人間と矢から逃げようとする人間で出口は団子状態になっていた。
後ろから弓矢を抱えた男達が、奴隷達を押しのけ、反撃するため前に進み出ようとしていた。
リクはもみくちゃにされている時、後ろから腕を引っ張られた。トビかと思って振り返るとカスミだった。カスミはリクの腕を引っ張って宮殿のほうへ走った。トビとはいつの間にかはぐれていた。
広場を突っ切って行くと、トビとヒワを見つけた。トビがヒワの手首を引っ張ったが、「離せよ!」とヒワは嫌がっていた。トビは思わずヒワの頬をぶった。トビはおかまいなしにヒワを引っ張った。カスミにどこに連れていかれるのかもわからず、逃げた。四人は夢中でムラ人をかき分け宮殿に向かった。
四人はうす暗い宮殿にかけ込んだ。カスミはうす明かりの中をどんどん突き進んだ。
宮殿の中は外の喧噪とは違い、ひっそりと静まりかえっていた。一番広い部屋には寝床があった。枕元には剣が置かれていた。柄の部分が黄金色に輝いていた。ダンオウが言っていたように、寝床にはミコの姿は見当たらなかった。
カスミは手さぐりで壁を押していた。なにかを見つけたらしく、リクが手伝い壁板を叩くようにして押し開けた。壁板がはずれると奥に隠し部屋があった。カスミが先にもぐり込んだ。トビはヒワを引っ張って後に続いた。最後にリクが入って行った。外に出れる抜け道でもあるのだろうか。
ロウソクだけがゆらめいている部屋は、魚の腐ったような匂いが鼻をついた。狭い部屋の中に広い台があった。上に白い布に包まれたものが横たわっていた。リクはうす明かりの中で目をこらした。ロウソクの炎で照らし出されていたのは人だった。すでに死んでいるらしく、白い布に包まれて横たわっていた。布から顔が出ていた。顔はひからびた皮膚がこびりつくように、しわを作っていた。閉じた目は落ちくぼみ、開けた口から白い歯をのぞかせていた。なにかに向かって吠えるような顔だった。トビとヒワがヒーっと叫んだ。リクも思わず目をそらした。
「あぶない!」と叫ぶ女の声が聞こえた。カスミが後ろを指差していた。叫び声は空耳かと思った。もう一度カスミが叫んだ。後ろを振り返ると、大きな影がせまっていた。ロウソクの炎に照らされたダンオウがまじかにいた。リクは肩をつかまれ、軽々と持ち上げられると床に叩きつけられた。
ダンオウはミイラを凝視した。途方に暮れたようにカスミを振り返った。
「ミコはどうして死んだ?」と問いつめた。
カスミはおびえて首を振った。ダンオウはカスミの顔をつかむと、
「おまえは本当はしゃべれるんだろう、今までだましていたな」
ダンオウは絶望から怒りへ形相が変わっていた。カスミの顔をにぎりつぶすように力を込めた。
トビがダンオウに飛びかかった。軽く払われ、壁に頭を打ちつけてしまった。ヒワがおびえながらも、トビを助け起こそうとした。
「おまえとキツネは、オレをだまし続けてきたな」
カスミは苦痛に顔を引きつらせながらも首を振った。
「答えろ、しゃべれるんだろうが」
ダンオウがカスミの首を片手でしめ上げた。リクはよろめきながら立ち上がり、後ろからダンオウにしがみついた。びくともしなかった。それでも必死にしがみついた。トビもしがみつき、二人がかりでカスミを助けようとした。ダンオウが二人を振り落とそうと、カスミから手を離した隙に、カスミはヒワを引っ張り、隠し部屋から大広間に逃げ出した。ダンオウはリクとトビを引きずり、カスミの後を追った。
ダンオウは後ろからカスミの華奢な首を大きな手で鷲つかみにした。ヒワのおびえた泣き声がひびきわたった。リクがダンオウの服を引っ張ると背中から刺青が顔をのぞかせた。赤い蛇がくねっていた。
カスミは首をしめられ、苦しそうにもがいた。リクは大広間をとっさに見まわし、ミコの寝床の枕元の剣をつかんだ。赤い蛇に無我夢中で剣を振り下ろした。ダンオウは背中を切られても、カスミから手を離そうとしなかった。背中の蛇から血が流れ落ちた。
剣を持つ手がふるえた。振り返ったダンオウは切られても不敵に笑っていた。ダンオウはリクに襲いかかってきた。リクの首元から青い勾玉が引きちぎれた。
ダンオウは床に落ちた勾玉に気づき、リクを襲うとした手が止まった。勾玉を拾い上げ、
「この玉はどうしたんだ?お前のものじゃないだろう、オオキミのものだろうが」
「ミユのだ」
ダンオウは勾玉をにぎりしめ、つめ寄ってきた。
「ミユ?誰だ、オオキミの子孫か?」
「宮殿が燃えている!」とカスミが叫んだ。
天井を煙がうっすらとただよっていた。火の燃える匂いがした。ヒワがまた泣きはじめた。ダンオウはあたりを見まわし、カスミにあわてて問いただした。
「鏡はどこだ?」
「知らない!」とカスミはおびえた顔で首を振った。
煙と熱風が流れ込んできはじめた。
「鏡を出せ!このままだと鏡が燃えてしまうぞ」
ダンオウはミコの寝床のまわりを捜した。あちらこちらひっくり返したが、鏡は見当たらなかった。流れ込んできた煙で、あたりが見えなくなりはじめた。煙でむせた。リク達はダンオウを残して逃げようとした。
「おまえ達も捜せ!」大声が煙の中にひびきわたった。ダンオウの悲痛な叫びにリクの足が一瞬止まった。
リクは煙の中をダンオウの元に引き返した。
「これも必要なんだろう」剣を差し出した。
ダンオウは剣をひったくった。
「勾玉を返してくれよ」
ダンオウは一瞬迷ったものの勾玉の欠片を投げよこした。
誰かの手が煙の中から伸びてきて、リクの腕を引っ張った。驚いて振り返ると、イタチがいつの間にか背後に立っていた。
「ついてこい」
イタチが引っ張った。ダンオウが気になったが、自分の命が危なくなり、イタチにしたがった。
「火を怖れるな!」イタチはリクの頭を下に押しつけた。
「頭を下げろ、服で鼻と口をふさげ」
リクは煙を吸い込まないように背をかがめ走った。
「こっちだ!」テンの呼ぶ声だった。
リクはカスミ達に追いついた。恐怖で泣いているヒワとトビを見つけた。ヒワは足がすくんで動けなくなっていた。テンがヒワを担ぎ上げた。皆、火の中をカスミの後について宮殿から逃げた。
ダンオウの悲痛な叫び声が宮殿にひびいた。
どこをどういう具合に逃げたのかわからず、リク達は宮殿の外に逃げのびた。
宮殿の屋根は燃え盛り、広場を明るく照らし出していた。何軒ものイエが燃えていた。ムラ人の叫び声、しゃがみ込んで泣いている女、その傍で泣き叫んでいる子供、燃え落ちていくイエをなす術もなく見守るムラ人、家畜小屋から聞こえるブタのきーきー声、まわりにただよう異臭、襲ってくる熱風、夜空に舞い上がる炎と火の粉。
リクは本当の火の恐ろしさを知った。胸がしめつけられた。イタチが火を怖れるなと言ったが、燃える宮殿を目の前にして、足がすくんだ。
ムラ人達は燃え落ちて行く宮殿を呆然と見上げた。ムラの象徴が燃え落ちて行く。イタチ一人が楽しげに異様な顔つきで炎を見上げていた。
誰かが大門を開け放ったのか、大門に馬のひづめの音が、なだれ込んできた。火におびえた馬が二の足を踏み、いなないた。三十頭あまりの馬に乗った武人が広場に乗り込んできた。
リクは武人が敵か味方なのか、すぐにはわからなかった。ムラ人達の安堵の表情を見るときっと味方なのだろう。確かに塀の外が静かになっていた。武人達が襲ってきた連中を追っ払ったのだろう。
キツネが武人の一人にかけ寄って行った。キツネの服はボロボロになり、長い髪は振り乱れていた。見るも無惨な姿に変わり果てていた。ムラ人に襲われたものの、それでも無事だったらしい。
ヨネ婆がリクを見つけ、おぼつかない足取りでかけ寄ってきた。顔をくしゃくしゃにしていた。
「無事だったかい、どうなったか心配したんだよ」
ヨネ婆は煤で真っ黒になったリクの顔をぬぐった。顔をまさぐるように何度も何度もずーっとぬぐっていた。リクはされるがままになっていた。昔、こうして優しく愛撫されたことがあったような気がした。なつかしい感触だった。
夜が明け始めると、ムラの惨状がわかりはじめた。焼け落ちた宮殿もイエもくすぶっていた。ムラ人達はぐったりとして、その場にへたり込んでいた。
武人達が後片づけを命じていた。ムラ人達は重い腰を上げ、動きはじめた。すべてのイエが焼け落ちたわけではなかった。高床倉庫も残っており、しばらくは持ちこたえるだけの食料は残っているようだ。
秋になっても水不足で稲が実らなければ、このままではこのムラは消えてしまうのかもしれない。他のムラも同じような状況だろう。また別のムラが食料を奪いに襲ってくるかもしれない。その時には本当にこのムラは全滅するだろう。
ムラ人は途方に暮れながらも、後片づけをした。もう希望がないのかもしれない。
宮殿の焼け跡に足を踏み入れていたムラ人が、大声で呼んでいた。大声は叫び声に近かった。ムラ人達がなにごとだろうかと片づけの手を止めた。一人二人とくすぶる宮殿の中に入って行った。
ダンオウの妻と子供もおそるおそるムラ人の輪の中に入って行った。
ざわめきの中にダンオウの妻の叫び声がひびきわたった。
エピローグ
ヨネ婆、トビとカスミが見送ってくれた。またしゃべれなくなったカスミが、興味なさそうにすわっていたテンを立たせた。
「助けてくれてありがとう」とテンに礼を言った。
「お前なんか助けるわけがないだろう」と素っ気なかった。テンはカスミに優しげなまなざしを向けた。カスミはそのまなざしに気づかなかった。
奴隷達は解放された。ムラにそのまま残るものもいた。トビはいつかヒワを連れてムラを出て行くのだろうか。今は幼いヒワと二人で自分の昔のムラを造り直すどころか、生きて行けるかどうかさえあやしかった。このままコメのムラにしばらく居残り、時機を待ったほうが良さそうだった。
キツネはキツネなりに、コメのムラを守ろうとしていた。ミコが亡くなり、ムラに動揺が広がらないように、カスミに手伝ってもらいミコの死を隠しとおした。キツネは自分がムラ人からきらわれていることは知っていた。それでもコメのムラが好きだった。幼い頃に飢饉の時に拾われ、ミコに育て上げられた。ミコを母親のように慕っていた。ミコの死を一番悲しんだのはキツネだった。ミコが死んだ後も、キツネはミコを手放したくなかった。ミコの亡骸が永遠に朽ちないように保存しようとした。
ダンオウもまたムラを守ろうとした。ダンオウの焼死体は鏡と剣をかばうように見つかった。
ヨネ婆、トビとカスミがはるか遠くになっても手を振っているのが見えた。カスミがテンに無理に手を振らせていた。
懐かしい石段を一歩一歩踏みしめるように登った。傍らには天満宮の石碑が建っていた。
境内はひっそり静まり返っていた。ヨモギの産小屋から子供の笑い声が聞こえた。中から小さな子供が出てきて、リクと目があった。子供は困ったように後ろを振り返った。
子供を追いかけ、女が出てきた。赤いハイビスカスの花を髪に挿していた。驚き立ちすくんでいた。
リクはミユに歩み寄った。ミユの顔がくしゃくしゃになった。
ミユはリクの首に掛けた勾玉に手を伸ばしてきた。
リクはその手を握りしめた。働く女の手だった。
子供がリクを不思議そうに見上げていた。
「お父ちゃんなの?」子供がミユに聞いた。ミユが笑った。
「ヨモギの子供よ、私が育てているの」
「ヨモギは?」
「この子を産んで亡くなった、ゴリもどこかへ行ってしまった」
リクは子供を抱え上げた。子供は恥ずかしそうにうつむいた。
「オレたち家族になろうか」リクは子供を空高く抱え上げた。
ミユがほほえんだ。
(完)
ありがとうございました。これで完結です。小学生高学年から中学生を対象に執筆してみました。
さらに古墳時代のような時代背景で続きを書きたかったのですが、疲れるのでこれで終了です^^
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